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上手く描こうとするあまり、ただ既成の絵やイラストを模写するだけに終わるなら、
そんな延々と繰り返される作業には意義を感じられなくなるでしょう。

また写実的なデッサンやリアリズムを追求することにも
やりがいを感じられないかもしれません。

単なる趣味にせよ仕事にせよ「絵を描くこと」には自分なりの
意義や目的を持っていなければ継続することは難しいのです。



模写などしなくてもコンピューターを使えば簡単に複製できるし、
既存の絵画を加工してオリジナリティを演出することもできます。
しかしそれを「絵を描く」とはいわないでしょう。

デッサンなどしなくても今は「写真」というものがあるのだから、
花瓶や果物などの動かない物体をわざわざ時間をかけて描かなくても
いいような気もするでしょう。机上で描くことのできないすばしっこい動物や
走っている乗り物などはなおさら「写真」を利用するべきです。


さて、こんなふうに合理的に考えてみると、
絵を描く意味なんかまったくないように感じられませんか?
明らかに自分の手で描くよりも有利な手段があるからです。



そうです。


そう考えた人が絵を描くのを
やめてしまうのです。





絵を描く技術や視覚に訴えるメカニズムなどは
たしかに合理的なものではありますが、
そのすべてを合理的に考えるなら
もはや自分で絵を描く必要性がありません。





この記事の最初の2行を読み返してください。



「上達」、「模写」、「継続性」…
これらは非常に大切なことではありますが、
それのみで終わってしまうのならば何の価値もありません。



絵を描かない人にとって普段、なじみのある「絵」というのは
ほとんどが「完成品」であって、製作途中のものを見る機会はまずありません。
ましてやラフスケッチやクロッキーを見たり、その価値を理解したりすることは
難しいでしょう。

「完成品」に魅了されて絵の道へ進もうとした人の多くが、
絵の製作過程ともいうべきラフやデッサンの価値を認識していません。


ちょっとしたコツを覚えれば自分でも描けると思っているのです。

現実はそうはいかないのです。
パソコン、ペイントソフト、ペンタブレット、参考書…
どんなに道具と知識をそろえたところで、絵を描くのは自分自身であるため、
必要なのは小手先の技術やノウハウなどではなく、画力であることがわかるはずです。
それを無視するということは…

「絵を描きたい」といいながら、絵を描くために必要なことを行ってないに等しいのです。


強い先入観がそれを定着させてしまっています。



先入観とは、最初から上手く描かなければならないという思い込みです。
誤ったプライドと価値観」といえるかもしれません。

それは大きなプレッシャーとなり、上達はおろか実際に絵を描く機会さえ
失うことにつながります。



絵を描く「過程」を無視していきなり「完成品」に仕上げようとするから
上手くいかないのです。






先入観を捨てるためにスケッチをしましょう!!



それがこのブログの目的でもあります。




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カメラでこんな風景が撮れますか?
撮れませんよね。

模写でもないし正確でもない。
そのうえ時間をかけて丹念に描いたのでもない。

しかし写真ではとらえられないものがある。

それがスケッチです。





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特別な道具を持たずに、鉛筆またはボールペンだけで
気ままなスケッチに取り組んでみてください。